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対談インタビュー
【大川石材 × よしの家対談】時を超えて、光り続けるお墓を。

上質な庵治石も、磨きの技術がなければ、その価値は表に現れません。よしの家石材部がパートナーとして長年信頼を寄せるのが、磨きの工程に徹底的にこだわる加工メーカー・大川石材の大川氏です。「お墓を建てたばかりの時は品質の違いを実感しにくいでしょう。ただ、20年経って初めて差に気づきます」と語る大川氏と、「この磨き方ができるのはここしかない」と言い切る吉野。二人の対話から、妥協なき加工が生む信頼の形が浮かび上がってきます。
こだわりが引き寄せた、30年の縁

―おふたりの出会いを聞かせてください。
大川氏:吉野さんとの出会いは、1999年から東京ビッグサイトで開催されていた「ジャパンストーンフェア」に、庵治石をPRしたくて出展したのが最初です。
吉野:ジャパンストーンフェアでの出会いから、もう30年近くになりますね。
大川氏:最初にお会いしたとき、石屋さんには珍しいタイプだなと思いました。きちんとネクタイを締めて、清潔感がある。失礼ながら、銀行の方かなと思ったくらいで(笑)。さらに「値段じゃないんです、いいものを作りたいんです」とおっしゃる。当時は中国製品の輸入量がピークを迎えていた頃で、いかに安く仕入れるかに目が向いている石材店がほとんどでした。そんな時代でしたから、値段より品質とおっしゃる方は、本当に珍しかったですね。
吉野:その後、2009年の品評会で、大川さんの石塔がガラスケースに入れて特別に展示されていました。その様子を見て、ここの加工技術は特別だと思いましたね。

祖父の墓が教えてくれた、磨きの本質

―大川さんの磨きへのこだわりはどこから生まれたのですか。
大川氏:原点は、祖父が昭和12年に建てたお墓との出会いです。大学時代から家業を手伝い、卒業後は5年間建設会社に勤めた後、27歳で庵治に戻りました。その頃、祖父が手がけたお墓に現地で文字を彫刻する機会があったんです。建てられてから約90年が経っているのに、そのお墓はすごく光っていた。一方、自分が若い頃に仕上げた仕事を見に行ったら、劣化していた。その差に、愕然としました。
そして、その原因は加工工程にありました。当時は効率を優先し、いかに短時間で磨き上げるかが業界の標準。私もそれを疑わず、当然のこととして受け入れていました。しかし、工程を省くということは、摩擦熱で強引に艶を出すことに他なりません。磨き終えた石は、素手で触れないほど熱を帯びます。その熱こそが、石の組織を傷め、数十年後の劣化を招く根本的な原因だったのです。

―熱が入るとなぜダメなのですか。
大川氏:石の結晶組織が傷みます。表面が焼けただれると、石の粒が浮き上がってきて、ミクロの凹凸ができる。風のある日に湖に映る月の輪郭がガタガタになるように、光の輪郭がぼやけます。反対に、熱を入れずに磨くと、風のない湖に満月が綺麗に映るように、光の輪郭がくっきりとスッキリ見える。ただ、磨きたてではその差がほとんどわかりません。でも20年経つと、汚れ方がまるで違ってきます。熱を入れた石は表面の凹凸に汚れが溜まりやすく、熱を入れない石は車のコーティングのように汚れがさらっと流れていくからです。
吉野:プロにはわかるんですよね。見た目の艶が一緒でも、光の映り方が全然違います。
大川氏:そうです。私たちは石に光を当てて、そこに映った輪郭を見ることで良し悪しを判断できます。
父の反対を押し切って標準にした8工程

―その磨き方はどうやって実現したのですか。
大川氏:祖父の時代の磨き方を研究しました。民族資料館などに足繁く通い、展示されている石工用具を参考にしながら、工具メーカーにオリジナルの工具を作ってもらい、県の技術産業センターとタイアップして研磨の研究を重ねました。工程を6から8に増やし、熱を入れない磨き方を自社の標準にしていきました。当時社長だった父には「卸相場という相場があるから、そんなにコストをかけても認められないよ」と猛反対されましたが、「これだけは譲りたくない」と強く主張して押し切りました。
具体的には、まずダイヤモンドの粒子が入った砥石で、石の表面を平らに整えていきます。最初は粗い80番から始め、200番、400番と少しずつ粒子を細かくしていく。ここまでが、形を整える『切削』の工程です。そこから先は、業界で『タク』と呼ぶ研磨の工程に入ります。800番、1500番とさらに番手を上げ、石の密度を高めながら輝きを引き出していく。そして最後に、8000番という極めて微細な人工ダイヤモンドで仕上げることで、鏡のような自然な光沢が生まれるのです。
吉野:熱をかけないからこその、スッキリとした自然な輝きですね。

大川氏:祖父の時代はこれを全て手作業でやっていました。包丁を研ぐ砥石を木の棒の間に挟み、上に漬物石を載せて重りにしながら、人力でひたすら磨き続ける。一つの部材を磨き上げるだけで、2人がかりで1ヶ月かかっていたそうです。途方もない労力ですが、だからこそ摩擦熱が入らないために、艶が劣化しないんです。90年経っても光り続けているのは、そういうことなんだと思います。
研鑽を重ねた結果、吉野さんに見ていただいた、2009年の「庵治石グランドコンペティションA.S.G.C 2009」でグランプリをいただくことができました。地元の石材業者全員が名前を伏せて投票する形式で、石のことも加工のこともよく知っている人たちが認めてくれた。それが本当に嬉しかったです。
吉野:品評会でそれを見て、大川さんの加工は特別だと思いました。丸め加工一つとっても、大川さんが応えてくれる仕上げは、中国の工場にどれだけお金を積んでもできないと思います。
大川氏:庵治が産地として盛り上がるために、磨き方をオープンにして同業者にも伝えています。ただ、コストも時間もかかるので、教えてもらったけどできない、という人がほとんどです。
99%がやり直し、それでも妥協しない

―加工の段階でNGになることはよくあるのですか。
大川氏:もう毎回その連続ですよ。天然石なのでひび割れや帯のような傷が出やすい。それを除去しながら製品にしていくと、製品になれるのは1パーセント以下です。100回作業して、やっと1個出荷できる感覚です。
吉野:庵治石は石材率が非常に低いですよね。
大川氏:はい。他の石はここまでのレベルじゃないのでもっと簡単に作れます。庵治石という石は、本当に正直です。加工の途中で入ったヒビを、その場しのぎで上手く隠したとしても、数年、数十年経てば必ず表面に現れてくる。時間が全部、暴いてしまいます。
納品した瞬間にプロの目を欺けたとしても、石そのものがごまかしを許してくれない。だからこそ、100回中99回やり直すことになっても、絶対に完璧なものしか出せません。それが、この石と向き合う者の覚悟だと思っています。
信念が重なるところに、信頼が生まれる

―よしの家さんは加工現場にも足を運ばれているとか。
大川氏:はい、来ていただいています。お客様を連れていらっしゃることもあります。あるときは、よしの家さんのお客様が黙って単独でうちに来たこともありました。
吉野:そうなんです。パンフレットをお渡ししたら、そのお客様が自分で現場を見に行ったんですよ。帰ってから連絡をくれて、「大川さんのところを見てきた。吉野さん、ここしかないね」って。迷いが全部消えたとおっしゃっていました。
大川氏:ありのままをお見せして、決めていただける。それが一番嬉しいです。

―おふたりの間で「ここだけは譲れない」という共通点はありますか。

大川氏:基本が一緒だと思いますよ。見えないところにどこまで手をかけられるか。それが全てじゃないかと思っています。
吉野:実は、お互いのバックグラウンドも似ているんですよね。うちは大正12年(1923年)に多磨霊園の開園と同時に創業して、私で4代目になります。創業者である私の曽祖父が100年前に手がけたお墓は、木が根を張っても一切ずれていません。1センチ1ミリも。それを見た時、自分も100年後に恥じない仕事をしなければと背筋が伸びました。だから私は現場の施工も全部自分たちでやります。下請けに流すことはしない。石のこだわりも、加工のこだわりも、施工のこだわりも、全部自分たちで責任を持つことをモットーにしています。
大川さんも祖父のお墓に衝撃を受けて、そこから全てが変わったとおっしゃっていました。目指しているところが同じなのだと思います。どうせ作るなら、100年経っても輝いて、手を合わせて拝んでもらえるお墓を届けたいですね。
大川氏:本当に、根っこが同じですよね。
吉野:ええ、信念が同じだから任せられる。だからこそ、大切な社員のお墓を建てるときも、茨城の石をわざわざ高松まで持ち込んで大川さんに磨いてもらいました。茨城で磨けばずっと安い。それでも大川さんに頼みたかったんです。大事な人のお墓ですから。
大川氏:そう言っていただけると、こちらも気が引き締まります。吉野さんの手を経て、お客様のもとへ届くものを作っている。その信頼に応えるだけです。
100年後に光っているお墓を届けるために

―最後に、お客様へのメッセージをお願いします。
大川氏:良いものを作るために、私が知る限りの技術と手間をすべて注いでいます。それがお客様に喜んでいただける、唯一の方法だと信じているからです。
吉野:100年経っても、自分が建てたお墓が凛とした姿で輝いていてほしい。現場で職人さんの顔を見て、その真摯な姿勢を知っているからこそ、一点の曇りもなく「これは良いものです」とお客様に断言できます。安心して手を合わせていただけるお墓を届けるために、できることはすべてやる。それだけです。
株式会社大川石材
香川県高松市牟礼町に拠点を置く、石材の加工・販売を専門とする石材メーカー。昭和20年(1945年)に石材加工販売業として創業。祖父が手がけたお墓の輝きに感化され、磨きの工程を独自に研究・進化させた研磨技術を確立。国内最高級品質の維持にこだわり続けている。